(※調査対象は
直近5年間に国主催で開催されたシンポジウムなど41件のみ)
[1] 05年10月 玄海原発 プルサーマル・シンポ(九州電力)
保安院原子力安全広報課A課長(=
伊藤敏)は、関係者を動員し積極的に賛成意見を述べることを九電に要請。九電は当初から自らもそう予定しており、やらせを実施。またのちに、
佐賀県職員の関与も認定された。
[2] 06年6月 伊方原発 プルサーマル・シンポ(四国電力)
上記の
A課長(=
伊藤敏)は、関係者を動員し積極的に賛成意見を述べることを四電に要請。四電は当初から自らもそう予定しており、やらせを実施。また事前に「仕込み質問集」を配布。発言した15名のうち10名は、発言を依頼された者だった。
[3] 06年10月 女川原発 耐震安全性の住民説明会3件(東北電力)
上記の
A課長(=
伊藤敏)は、関係者を動員し積極的に賛成意見を述べることを東北電力に要請。また、各会場フロアから満遍なく賛成意見が出るよう、各ブロックごとに関係者を一定数配置させた。東北電力は当初から自らもそう予定しており、やらせを実施。
[4] 07年8月 浜岡原発 プルサーマル・シンポ(中部電力)
保安院原子力安全広報課課長(=
吉村宇一郎)は、関係者の動員と「仕込み質問」を中電に依頼。中電は当初から自らもそう予定しており、参加の呼びかけを実施。(関係者約240名が参加登録。参加者総数は524名。)
「仕込み質問」ついては、中電では文案の作成に着手したが、社内で反対意見が出たため要請には応じず。しかし、推進派の地元住民10名程度に発言を要請。
[5] 08年8月 泊原発 プルサーマル・シンポ(北海道電力)
エネ庁電力・ガス事業部原子力立地・核燃料サイクル産業課原子力発電立地対策・広報室室長(=
鈴木洋一郎)より、推進側の質問を出させることを北電に要請。北電は推進派の地元住民に質問を要請し、社員に対し参加の呼びかけを実施。またのちに、
道職員の関与も認定された。
[6] 10年5月 川内原発 第一次公開ヒアリング(九州電力)
ヒアリング会場決定前、九電との打ち合わせで、上記広報室の
C室長は、会場予定地について「収容人員が多いなぁ。できるだけ埋まった方がいいんだけどなぁ」と発言。開催に当たり、九電は地元住民等に参加の呼びかけを行ったが、国の関与で不適切な行為が行われたとは断定できないとしている。
[7] 11年6月 玄海原発 佐賀県民向け説明番組(九州電力)
※九電は第三者委員会の報告書を改竄、佐賀県知事の関与を削除。枝野経産大臣は「理解不能」と強く批判。
6月21日
佐賀県知事古川康、
九電副社長・原発事業トップの段上守、
常務・原子力発電本部長諸岡雅俊、
佐賀支店長大坪潔晴が会談。「(説明番組で)再開賛成の意見を増やすことが必要」との認識で一致。
6月22日 段上副社長から原子力発電本部部長(当時)への指示で「やらせ」要請メールを関連会社7社に送信。
6月26日 県民向け説明番組『しっかり聞きたい 玄海原発』(制作:経産省)がケーブルテレビとネットで生中継され、視聴者からの質問を同時に受け付け。(ファックス116件、メール473件、うちメールでの賛成226件、反対119件、その他128件 ※のちの九電の社内調査報告書によると、投稿した関係者は141人)
7月2日 九電子会社社員の内部告発で、しんぶん赤旗がやらせをスクープ。
7月4日
九電原子力発電本部副本部長はやらせを否定。
7月6日 衆議院予算委員会で問題になり、
九電社長眞部利應が事実を認め謝罪。
7月7日 眞部社長が辞任を表明。
7月8日
九電会長松尾新吾は、既に退職した副社長が発端であったとし、自身と眞部社長の進退を先送りに。
9月8日 第三者委員会は中間報告書を九電に提出。6月21日の会談での古川佐賀県知事の発言が発端と認定。これに対し、古川知事は「真意とは異なる」「私が責任を取ることにはならない」と反論。
9月30日 第三者委員会は最終報告書を九電に提出。古川知事の関与、九電の世論操作を断定。
10月14日 九電は臨時取締役会の後、最終報告書(古川知事の関与を改竄したもの)をエネ庁に提出。眞部社長は続投を表明。
10月16日 枝野経産大臣は九電の報告書改竄を「理解不能」と批判。※そもそも九電に自身の犯罪調査を依頼させることがおかしいのでは。
10月18日 九電は修正版最終報告書を週明けにも再提出するとしたが、2011年11月23日時点では最提出されていない
出典